温暖化による樹木の成長の変化とそのメカニズム

研究の概要

森林の樹木の幹には、森林が蓄積する炭素の多くが含まれています。樹木の幹の成長(横に太っていくため「肥大成長」という)は、年輪として内部に刻まれていくため、樹木の幹の年輪には、環境に対する長期にわたる成長応答の履歴が残されています(写真1)。この年輪からうまく情報を引き出すことができれば、温暖化によって長期的にどのように樹木の成長が変化し、森林の炭素吸収が変化していくか、といった問いへの手がかりが得られるのではないかと考えて樹木の年輪に関する研究を行ってきました。

写真1:(矢印の最初から)ミズナラの樹木→幹の断面(円板)→年輪試料
注:年輪試料は切り倒して取るわけではなく、通常は5mm径のコアサンプルを採取して使います。

研究の特色

そのうちの一つが、年輪を季節に分けて長期的な応答を見る研究です。温帯地域の樹木では、冬季に幹の成長が停止することによって年輪は一年に1つ形成されますが、気象条件は季節によって異なります(今年は春寒かったが、夏はひどく暑かった、というように)。ですから、年単位だけでみていると、どのような気象条件によって年輪が変動したのかがわかりづらくなります。まずは、年輪内にある早材と晩材という2つの部分に分けて解析を行いました。北海道大学苫小牧研究林に生息するミズナラという樹木20個体について、年輪試料を採取し、1970年から35年分の年輪について、早材や晩材の幅などを調べました。ミズナラの早材部分の道管は非常に大きいため、精度の良いスキャナで読み込むと、春頃に作られる早材とそれ以降に作られる晩材とに分けることができます(写真2)。それぞれの変数について長期的な傾向を解析したところ、早材の幅が35年間の間に増加していることがわかりました(図1)。月別の気温についても傾向を見てみると、早材の形成前から形成時期にかけての3?5月の気温が上昇していました。このことから、春の気温上昇によって、年輪の中でも早材の幅が増加傾向にあることが示唆されました。

写真2:年輪試料の一部(スキャン画像) と画像解析ソフトによる早材の識別(水色部分は早材内の大径道管)
図1:1970年から2004年までの早材幅の変化(実測値から得られた推定値)。点線は長期変動の中央値、実線と網掛け部分は、長期変動と短期変動を合わせたものの中央値および95%信頼区間を表す。

一方で、春の気温上昇はどのように早材の幅を増加させたのでしょうか?光合成量が増えたのか、あるいは細胞分裂が活発になったのか、成長期間が長くなったのか、などメカニズムはいくつか考えられます。このメカニズムの解明を困難にするのが、春先に使う貯蔵養分の利用です。春先は、気温が低かったり開葉直後であることによって、葉での光合成がほとんどできず、幹などに蓄えた貯蔵養分を使うことが知られています。貯蔵養分を使う時期は、光合成を介した気象の影響はほとんど考えなくて良い、つまり成長のメカニズムが異なるのですが、いつ頃まで貯蔵養分を使うのか、ということはまだわかっていません。これを明らかにするため、年輪内の安定同位体比を分析する研究を行いました。

同位体というのは、原子番号が同じで質量数が異なる元素で、放射改変を起こさず長期間安定に存在するものを安定同位体といいます。自然界に僅かに存在し、炭素であれば、自然界に存在するうちの1%は質量数13の重い安定同位体(13C)です。質量数が大きいため、通常よりやや反応速度が遅くなり、化学反応を経る度に物質の安定同位体比(安定同位体組成の違いを表す)は変化していきます。つまり、一旦貯蔵されてから使うのと光合成でできたものをすぐ使うのとでは安定同位体比が異なるため、年輪内を細かく分けて安定同位体比を測ると、年輪内のどの部分が貯蔵養分で作られているかを推定することができます。先ほどと同じミズナラを材料として、苫小牧研究林と愛大附属演習林の3個体ずつ各6?7分の年輪について、各年輪内を10等分前後に分けて炭素、水素、酸素の安定同位体比(δ13C, δD, δ18O)を分析したところ、早材の部分のみ安定同位体比の変動パターンが大きく異なることがわかりました(図2)。このパターンから早材では貯蔵養分、つまり前年以前の光合成産物を使い、それ以降は当年の光合成産物(一度も貯蔵されていないもの)を使うことが強く示唆されました。このパターンは地域や年によらなかったことから、ミズナラでは、貯蔵養分を主体として早材が形成されることがわかりました。

図2:水素同位体比および酸素同位体比の年輪内変動。測定を行った実際の年輪試料のスキャン画像と重ね合わせている。

これらのことから、ミズナラで早材幅が長期的に増加しているメカニズムとしては、光合成を介した要因ではなさそうだ、ということがわかりました。既往研究から、冬に幹を温めることで幹の春先の成長開始が早まることがわかっており、春先の気温上昇による成長開始時期の早期化が最も有力な要因と考えています。このようなメカニズムから気候変動への応答を明らかにすることで、今後の予測にも役立つ情報を提供できるのではないかと考え、研究を行っています。

研究の魅力

寿命の長い樹木では、温暖化など長期にわたる気候変動に対して、長期的に応答を変化させる可能性があります。つまり、短期的な実験で得られた応答からは、長期的な応答を正確に予想できないのです。進行する気候変動の中で、樹木の応答を知り、将来予測や温暖化への適応策に役立てるために、樹木の年輪は有効なツールと考えています。

今後の展望

今回紹介したミズナラでは、温暖化による成長の増加傾向が見られましたが、温暖化への応答は、樹種によって様々である可能性があります。同じブナ科の樹種であるブナで同じような安定同位体比の分析を行ったところ、ミズナラとは全く異なるパターンが見られました。このような成長メカニズムの多様性や温暖化応答の違いをさらに明らかにしていきたいと考えています。

この研究を志望する方へのメッセージ

樹木は何百年、時には数千年もの間成長し続け、数十mあるいは100m近くまで大きくなることがあります。そのような樹木の寿命と大きさは、他の生物とは大きく異なり、そのことが、複雑な構造を持ち、生物多様性が豊富で、持続可能な生態系である「森林」を作り上げます。上記の他にも、ツリークライミングを使って数十mの樹木の上部にアクセスし(写真3)、樹木の大きさそのものに感動したり、逆に地面すれすれのところにいる樹木の赤ちゃんである「芽生え」(写真4)を調べ、どんな大きな樹木もここから始まるのだなぁと感慨に耽ったり、そんな研究を行っています。大きくて寿命が長く種も多様な「樹木」という生き物が好きな方、興味がある方、もっと知りたい方をぜひお待ちしています。

写真3:ツリークライミングによる研究
写真4:森林内で見られた芽生え。左からブナ、モミ、サワグルミ。